坂本真綾というアーティストをご存知だろうか。平たく言えば、彼女は声優である。だが、決してその肩書きに埋もれてしまわぬ確かな個性、そして確固とした揺るぎない独自の音楽世界を持っているのが、真の彼女でもあるのだ。
元々は子役声優として、洋画などの吹き替えをしていた彼女であるが、'96当時、あるヒロイックファンタジーアニメ「天空のエスカフローネ」の主題歌を歌ったことから、その才能を音楽家菅野よう子に見出され、菅野の強力なバックアップにて、声優のみならず次第にアーティストとして、その独特の心地よい作品世界を形作っていくことになる。
これまで多数のオリジナル・ベストアルバムを発表、特に昨年発売された「シングルコレクション・ニコパチ+」そして、久方ぶりのオリジナルアルバム「少年アリス」が、オリコン上位を獲得したのは、記憶に新しい。それらを聴けば、これまでの彼女の足跡、そしてその成長ぶりは一目瞭然だろう。(勿論、過去アルバム「DIVE」「グレープフルーツ」もしくは「lucy」などと聴き比べてみてもいい)
特にこの「少年アリス」は、彼女自身の持ち味である、従来の飾らないナチュラルな無邪気さ・素直さに加え、どこか少年っぽさと少女らしさがミックスされたような独特の雰囲気が、まさに的を得たようなこのタイトルをして、彼女自身の作品世界のコンセプトをそのままにあらわしているのが、なんといっても印象深いだろう。
昨年から今年にかけてNHK「みんなのうた」でもオンエアされた、冒頭のシンプルなピアノ伴奏とシルキーで伸びやかな歌声が美しい「うちゅうひこうしのうた」。またそれとは打って変わって、どこまでも向かい風に勇ましく立ち向かっていく、彼女自身の決意の表れでもある「ソラヲミロ」。そして続く、岩里祐穂作詞の歌詞が熱く心を揺さぶる「スクラップ〜別れの詩(うた)」。激しく鼓動を刻むドラム、かき鳴らされるギター、唸るベース。それらに勇敢に挑むかのような、どこか大人びた真綾の低音。
この前半二曲の畳み掛けるような疾走感は、傷や汚れを剥き出しにしながらも、ダークなまでに、己の存在意義を問い掛けている。地の底のようなダウンタウンを這う野良犬のように、苦い試行錯誤を繰り返しながら、どこかにきっとある眩しい明日を探し続けている。それは性別を超えて一個の人間として、彼女自身が見出した野生の奇跡。決して後ろを振り向かない、彼女なりの潔さ。「少年アリス」は、実は限りなく"ロック"でもあったのだ。(実際彼女は、矢沢永吉の濃いファンでもあったりする)
これまで割とナチュラル系というか、どちらかというと、声優という側面もあってか"ファンタジーの伝道師"といった雰囲気を持っていた彼女だが、その殻を見事に破ったような本作「少年アリス」の作風には、彼女というアーティストとしては、とても革命的な新しい息吹が伝わってくる。それもプロデューサーである菅野よう子の一つの目論見であり、試みであると思うと、とても心地よい新鮮な風圧を感じるのだ。それだけに、この二人の関係は、すでに切っても切れないものとなっている。サカモトをサカモトたらしめることができるのは、やはりやたらと趣味のいい、この"トチ狂った"(笑)オネエサン(大人子供ともいうw)ただひとりしかいないのだ。
「ニコパチ」同様、ふんだんにバランスよく盛り込まれた英語曲も、もはや彼女の得意とする所となっている。いつのまに身に付けたのか、流暢な発音が美しい。そして歌自体の表現力も格段に上がったと思える。おそらくそれは元々菅野よう子が、その確かな耳で多くの隠れた海外歌手の才能を発掘し、積極的に自作に取り込んでいたゆえんだろう。坂本自身も、度々その歌声を菅野名義のサントラなどでみかけたりする。その自然な鍛錬が身について結びついた、現在の素晴らしい成果とも思われる。
坂本真綾は勿論、自身でも作詞を手掛ける。少なからずあるその才能は、すでに過去アルバム「DIVE」にて、その片鱗を見せていた。今回も前半の「ソラヲミロ」「まきばアリス!」や後半の「03」「おきてがみ」など半数を手掛けている。特に中盤戦を飾る「光あれ」は、小気味よい菅野楽曲と共に、坂本の等身大の弱さの中に芽生えた、不思議に生きる希望に満ちた真っ直ぐな力強さを感じて、思わず涙が出るほどの感動を覚えた。本当の癒しとは優しさとは、こんな風にそっと背中を押してくれる、気丈なあたたかさや勇気ではないだろうか。
坂本自身が出演している、短編映画の様相を呈している杉森秀則監督のイメージDVD「03+(ゼロ3クロス)」のテーマ曲でもある「03」の深く静謐に心を満たす青い世界は、彼女の類稀なき豊かな表現力の一端を垣間見せた。そしてラストの「おきてがみ」。まさに朝まだき、そっと机の上に置かれた伝言そのままの歌詞、そして再びシンプルなピアノの伴奏。その中に、坂本真綾本人からの、切ないほどの物言わぬメッセージが隠されているような気がしてならない。「行ってしまうの?」思わずそう問い掛けたくなるような真実が、この最後の短い小曲にはある。
彼女は、新しい大地をさがして、今日も明日も旅を続けていく。きっとそこに、真新しい彼女自身がいるから...
〜written by 音楽ライターluca 〜
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