現在(いま)から18年ほど前のある日、その"声"は、突然天から降ってきた輝石のように思われた。OVAアニメーション『ウィンダリア』主題歌「約束」を含む、ファーストアルバム「懐かしい未来」。どこか甘酸っぱく心をくすぐられるような、冒頭の一曲目「Ring
Ring」の第一声は、私に新居昭乃というアーティストを、とてもさりげなく、しかし強烈に意識に記憶させたのだった。
張りのよい伸びやかな高音。そして、どこかはにかむような、やわらかく微笑むかのような、独特の透明感のある囁き声。続く「月よ凍れ」そして、流暢な仏語を美しく品よく聴かせる「金色の目」(実はポプコン受賞曲)といい、彼女の歌声は、どうしようもなく私の心を惹きつけた。それはまるで月や太陽にも似た、あらがいようのない引力と言ってもいい。さらに、遠い場所に離れてゆく恋人に想いを馳せ、切ない心情を歌った「地図をゆく雲」、そして『ウィンダリア』挿入歌でもあった「美しい星」では、彼女の歌声、その存在が、この世に生まれ出た"奇跡"に近いものにさえ思われた。
それからおよそ10年。様々なアーティストのコンサートツアーでのコーラス担当や、CM楽曲制作などを経た後、『僕の地球を守って』『マクロスプラス』など、幾つかのアニメーション作品に提供した楽曲で、彼女の歌声に触れたとき、あの瞬間の喜びと興奮が再びよみがえった。そして'97、それらをまとめたベストアルバム「空の森」が発売された。特に『僕球(ぼくたま)』イメージアルバム収録曲でもあった冒頭2曲目の「遥かなロンド」には、思わず自身の中で、"あの新居昭乃が帰ってきた...!"と、静かに密やかに心躍らされたものだ。輪廻転生を扱った作品のテーマ曲だけに、どこまでも静謐で、どこまでも優しく、何度聴いても、その切なくあたたかな深い思いに、涙が滲む。彼女に初めて出逢ったあのときと同じ感動に、いやそれ以上のものに心が震えた。
しかし意外にも、「懐かしい未来」当時の内容は、実は彼女自身、決して納得のいくものではなく、彼女いわく"歌わされていた"と言うのだから、解らないものである。「空の森」の1ヵ月後にリリースされたオリジナルアルバム「そらの庭」では、以前からPSY・Sコンサートツアーのバックバンド仲間でもあり、「空の森」収録の新曲「星の雨」などでも、既にコンビを組んできた保刈久明のアレンジ曲などで、新居昭乃本来の独自の音楽世界を紡ぎ出してきた。美しく壮麗でファンタジックそのもののベストアルバム「空の森」からすれば、少々地味で控えめな面が目立っただろうが、それは割と、彼女個人の日常から浮かんでくる、とりとめのない、けれど本人としては、とても大切な思いを散りばめた、必然的な作品世界だったのかもしれない。
その後、オリジナルアルバムとして「降るプラチナ」、そして(筆者自身もとても好きな)、どこか懐かしく心躍るアンビエント系企画物アルバム「鉱石ラジオ」、さらにこれまでのアニメ提供曲を中心に粒揃いの逸品が集まったベストアルバム「R.G.B」と、'00以降それぞれの作品をリリースしてきたが、彼女の音楽の根はやはり、古くからあるシンガーソングライター気質そのものであり、英国アーティスト的風合いにも似た、ひっそりとしたアコースティック系列の音楽なのだろう。その作風は勿論、この9月に発売された新作アルバム「エデン」でも健在だ。どこかかすれたような、耳元で囁く歌声。それは決して、ハリウッド洋画的な大仰なものではなく、その歌声が奏でる"ファンタジー"は、彼女自身の内面にこそ宿り広がっている、とても密やかで、ささやかなものなのだと実感する。
だとしても、彼女・新居昭乃のさらりとした清らかな歌声には、どこかに"神様が宿っている"(妖精の羽衣と言ってもいい)。どれほど、ありきたりな恋心を歌ったとしても、たとえその視線が当たり前の日常に寄り添っていようとも。。それは、
「R.G.B」収録曲など、数々の作品テーマ曲として歌われてきた優れた楽曲を思い起こせば、一目瞭然である。彼女の歌声は、広がりと奥行きのあるファンタジーというシチュエーションでこそ、最大の力を発揮する。それがたとえ、書き割りに描かれたハッタリであったとしても。現在放送中のSFアニメーション『KURAU
PhantomMemory』OP主題歌でもあるキャッチーな「懐かしい宇宙(うみ)」は、どこか以前の『ウィンダリア』主題歌「約束」の頃のような、うきうき感を彷彿とさせ、私自身やはり、とても好きなことに変わりない。どれほどポップに弾けようと、彼女の歌声は、その心のままに、どこまでも優しくやわらかいから―。
「そらの庭」「降るプラチナ」「鉱石ラジオ」「R.G.B」そして「エデン」と、これまで彼女の歌声を、自由に変幻自在なものとして支えてきた、アレンジャーでありコンポーザーである、音の魔術師・保刈久明のさりげない手腕も見逃せない。デジタルであるのに、どこか懐かしい。まるでオルゴールのような、手巻きオルガンのような、呟くような独特の音色。そんなアナログ的手法で、不思議に懐かしい音像を聴く者の心に響かせ魅せる。その輝きは、まるで玩具の宝石のよう。かつての硬質なきらめきや気品よりも、少し控えめに囁く新居昭乃の声音に、そのビーズや模造パールの鈍い光が、なぜかとてもしっくり合い、懐かしい色彩を添える。
特にオリジナルアルバム「降るプラチナ」からは4年ぶり、前作ベストアルバム「R.G.B」からは2年ぶりとなる、最新作「エデン」では、9・11.NYテロなどを経た上で、彼女の内面に新たに芽生えた感情、彼女の視点を通して見えた映像を、独特のナ
チュラルな表現方法で描いている。ありふれた日常の中で、彼女が大切に思う人たちや物事、ゆきかう人々や樹々の葉を揺らす風や、道端に咲く名もない小さな花にさえ。。音楽が心が、どこか遥かな遠くに届くまで。。同じ大切な誰かに届くまで。『誰にも気づかれず咲いてる花のように歌えば...』そう、彼女・新居昭乃の音楽スタンスは、まさにこのワンフレーズそのものなのだ。そんな風にさりげなく当たり前に、自分を取り巻く世界の貴さを伝えていきたいと、彼女は切に願っているのかもしれない。そんなささやかな(手に届く)ものこそが、彼女にとっての真実の"エデン"なのだろう。
とにかく歌詞もメロディも、すべてが密やかにさえずっている。まるで、冷たく透き通った朝の匂いを運ぶ大気のように。小さな小さな小さな...そんな風に静かに密かに聴こえるものに、そっと耳を澄ますように。大げさな音は何一つ要らない。そんな彼女の音楽に最適なスケールで、保刈の紡ぐギターサウンドが、ピアノの響きが、音楽としての像(かたち)をそこに形作る。そして、その場所から"祝福(よろこび)"のように、いま、この耳に届く穢れない彼女の歌声。。彼女の声に触れていると、なぜかとても幸せな気持ちになる。それはあの時から、何ひとつ変わっていない。
今は懐かしいあの頃、ひたすら誇らしげにさえ響いていた彼女独自の感性(センス)を抱いた歌声は、今はただひっそりと咲く草花のように、ただそこに在るだけで、とても感謝し満足している。そこに見えるのは、歳を重ねたからこその真実を得た、あの日と変わらぬ聡明な女性の横顔。―そんな新居昭乃を、これからもずっと、静かに密やかに見つめ続けていきたい。
〜written by 音楽ライターluka 〜
>>>ホームページ:http://www.geocities.jp/luca_m_kotonoha/
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