荘野ジュリ。関西出身の21歳新人アーティストである。ちょっと前にこのファーストアルバム「36度5分」を購入して試聴していたのに、実際にレビューを書くまでに、それなりの時間を要してしまった。それだけの深みと味わいを持つ作品だったのだろう。
というより、新曲でアルバム冒頭の「カゲロウ」を聴いた瞬間、意識がどこかへトリップして、すっかり心が囚われてしまったというか、自分自身この曲に内面的にかなり打ちのめされてしまったがために、アルバム自体にも、無意識的にほんの少し距離を置いていたのかもしれない。
アルバムは、松井五郎作詞の「カゲロウ」を除いて、すべて荘野ジュリ本人の作詞である。かの個性派作家・石田衣良からのお墨付きの、どこか『深いあきらめ』(by石田衣良)をまとった言葉の数々。ひどく自虐的で、どこか哀れなほど誰かの愛情と温もりを求めている。まるで、ずぶ濡れの捨て猫のように、気まぐれで強がりな表層とはうらはらな、剥き出しの痛々しさ。
それらの感情を歌う、さらりと囁くような、深みのある液体(エスプレッソ)のようなハスキー気味の歌声が耳をくすぐる。これでもかと言わんばかりの苦痛だらけの思いなのに、泣き疲れたあとに目と喉元とが痛いような、虚脱感ばかりの渇いた感情なのに、それでもすっと、彼女の歌声は心に入り込む。まるで、やわらかな薄闇に抱かれるような包容力。
それらと中村仁による情熱的なブラジリアン・テイストやミディアムバラードなどの趣味のよい音楽が、心地よく競宴している。無理のない、まさに"平熱"の日常感覚を、これほどまでに流れるような心地よさで歌っている。
アルバムジャケットの荒涼としたダークブルーの風景に、すっくと立つ一人の若い女性。彼女の歌声は、どこかUAやSadeを彷彿とさせるが、その強烈な印象を残す面差し強い眼差しは、その音楽性同様、やはり確固としたモノを有しているものだけが持ちえた奇跡の産物なのだと思わせる。過去インタビューなどを読むと、やはりどこか普通の20代前半の若い女性とは違う、それらとは明らかに乖離した何かを感じる。
厳しい父の元で育ち、いつも大勢の中にいるほど、たまらぬ孤独を感じたという彼女。それでも、その孤独な魂を救ったのは、歌だった。自己の生きる存在証明、渇望とも言えるべき何かを勝ち得るために、彼女の目の前に歌があった。だからこそ彼女の歌声は、これほどまでに洗練された響きを持ち、かつ何ものにも変えがたい力を内包しているのだろうか。私にはなぜか彼女の心情がよく解る。やはり同じ孤独を抱えて、でもそれなりに生きて、心を惹きつける何かを強く求めている"同志"だから、なのだろうか?おそらく彼女も。。
実質3枚目の新譜「カゲロウ」で初めて、彼女荘野ジュリに触れた筆者。それは公式サイトのプロモ映像と共に、だった。「36度5分」のジャケットにも似た、どこまでも荒涼としたモノクロ映像。なのにとてもファンタジック。見たこともない花の咲く森、黒い鳥が舞うグレイの空。彼女の乗る汽車はどこへ向かって空中を漂っていくのだろう。
そんな不思議な懐かしさに心慰められ、ひととき、そのやわらかな歌声に心をゆだねた。まるで唯一の友達のように、同じ孤独をそっと抱いた独りきりのゼブラ(シマウマ)に導かれ。。なんだかとても悲しいのに、流れる涙はあたたかい。ひとりぼっちなのに、誰かにそっと抱きしめられているような。。そんな錯覚に陥った。憐れみなんかいらない、そう強がりながら、無力で愚かな自分を思って、泣きじゃくった。ずるいくらい、夢想がさめるくらい、しっかりと確かにそこにある見えない存在に、抱きしめられながら。。
アップテンポが投げつけるように、自虐モード全開でひた走る「駅ニテ」「ワタシヲミツケテ」「あげるのに」。生温いあきらめの日常がやさしい「アリジゴク」「負け犬の遠吠え」。恋しいからこそ、ひどく憎い「マーメイド」「人形ラプソディ」「ツギハギ」。そして、極上のシルクの手触りが物哀しい「うたかた」「カゲロウ」。...『しあわせなら、いい。。』
彼女の歌声はなぜ、こんなにも無視できない引力で満ちているのだろう。UAよりは普通すぎる、でもSadeよりも、ずっと息苦しく人恋しい。"お願い、そばにいて"。それだけのありふれた感情が、これほどまでに心を惹きつける。嫌いになれないどころか、どこかとても自分に似てる。そんな思いを抱かせるのは、彼女の思いがとても普遍的な産物だから、なのか。平熱の平凡さを伴い、深い包容力を抱く表現力を持った荘野ジュリ。―彼女はまだ、歌いはじめたばかりである。
〜written by 音楽ライターluca 〜
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