TOKO FURUUCHI / 古内東子

■ビデオ収録曲
1.Strenght
2.歩き続けよう
3.Distance
4.Peach Melba
5.Lighter
6.キッスの手前
7.逢いたいから
8.雨の水曜日
(M3.4.5.6.7 Live at 原宿クエストホール 1994.12.9)
※制作者の意図により「Distanc」「Peach Melba」「Lighter」「キッスの手前」は、曲の一部の
映像化されております。

■発売元・Sony Records
■1995年発売
■収録時間27分
■定価3,500円
■種別・ライブ&クリップ

◆「TOKO FURUUCHI / 古内東子」解説 〜

▽ビデオインナーより

それはまるでどこかの誰かのつぶやきのような歌だと、初めて彼女の歌を聴いたとき思った。
一枚また一枚とアルバムが完成するたびに、その印象は強くなっていった。
「たとえば晴れた日曜日の朝に、ピアノの前に座って、何を弾くでもなく鍵盤に触れているときがしあわせだったりします」
またデビューする前、初めて彼女にあったときにちょっとはにかみながらこう話してくれたことが今でも忘れられない。
たぶんそのとき私は、大切にしている時間はありますか? といったような質問をしたのだと思う。
彼女の返した答えの中には、古内東子の日常がこぼれていた。当時彼女はある大学の一回生で、今の時代の女子大生にしてはずいぶんシンプルな女の子だなぁと思った。
些細な出来事たちを大切に受け止める、そんな彼女のことをすぐに素敵な人だなと感じた。
デビューからしばらくのあいだ、大好きなピアノとともに彼女は弾き語りのライブをおこなっていた。
まばらな客席の中で、あるときなどは横浜湾をクルージングする船舶の中で・・・という、今から思えば最高にしっくりくるシチュエーションで・・・彼女とピアノが奏でる古内東子のライブを見たことがある。
手入れのいき届いたグランドピアノの蓋に映る、彼女の表情、鍵盤の上を流れるように行き来する華奢な指先。
なぜだか覚えていることは、そんことばかりだ。切々と歌う彼女の姿と震えがちな声が、"切なく、悲しい"といわれる古内東子の音楽世界をこれ以上なくリアルに伝えていた。
けれどもふと思う。あの頃の彼女は、いったい誰に向かって歌っていたんだろうか、と。
ひたむきだった。彼女とピアノとのまわりだけが、ほんのりと臼茶色の灯に包まれているようだった。
誰にも踏み込めない世界が、そこには在った。
彼女が歌いながらほほえんでいるのを知ったのは、それから少し時間が経ってからのことだ。
1994年11月札幌道新ホール。初めてのホールしかも満杯の客席を前に、彼女は驚くほど堂々としたステージをやって見せたのだ。
切々と歌う姿は昔と同じで、やはり燐としていた。言うまでもなく古内東子の音楽世界は変わってなどいない。
なのに、あのエネルギー。それもいわゆる爆発的なとか、そういう種類のものではないのだ。
肌のぬくもりにも似た、じわじわとゆっくり、深く広がっていくぬくもり。
ステージが終わり、粉雪に覆われた札幌の夜の町を歩いているときもずっと、その感触が残っていた。
月も凍えてしまいそうな冬の町をあたたかく照らす街灯と、それはどこか似ていた。
それから数日後、街路樹のクリスマス・イルミネーションが続く東京の街で再びステージを見たときも、やはり同じ感触を抱いた。
まだ人影もまばらだった客席で船の中で感じた、彼女とピアノとのまわりに広がってたあの臼茶色の灯。
それはいつのまにか見る側までも包み込んでいたのだ。
彼女のつぶやきは、ただのつぶやきではなくなった。
古内東子の歌を聴き、そこに自分を重ねてしまう人たちのさまざまな気持ちや思いが、そうさせたのだ。
この作品の中で、古内東子はずいぶんいろんな顔を見せてくれる。
それはなんだか、いつかどこかで見た誰かの顔つきにも似ていて、気がつけばまたしても彼女の醸し出すせつなさやあたたかさに心は占められていく。
そうして最後、少しだけしあわせな気分に、私たちはおちいる。
恋をすると、どうなるか。誰もが知っていて、けれども誰にも予測できない事のすべてが彼女の歌の中には在る。
そう、あのせつなさも、もどかしさも、ときに嫉妬も、羨望も儚さも。けれど、その底辺にはいつも変わらぬ空気が流れている。
やさしく穏やかで、幸せだと感じる瞬間のときめきが古内東子の歌にはあふれている。
知的でシックな、なのにすっぴんの笑顔がたまらずチャーミングな古内東子。
彼女はたぶんこれからもずっと、メロディや言葉にして紡いでいく。すべての人の日常にあふれている、つぶやきのひとつひとつを。
そうして明日にもまたきっと、生まれていくのだ。心の中をそっと照らす灯のような歌たちが。