◆「夷撫悶汰(いヴもんた)レイト・ショー
〜長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe〜 / 桑田佳祐」解説 〜
'96.12.1(sun)・2(mon)・3(tue) at
パシフィコ横浜国立大ホールにて収録された 一風変わったサザン・オールスターズ桑田佳祐のソロライブです。以下ビデオにインクルードされているインナーよりお届けいたします。
●Yves Monta (夷撫悶汰)・・・桑田佳祐
●BAND "The Amazing Art of Angels"
Band Master・・・山本拓夫
Guitar・・・小倉博和
Bass・・・樋沢達彦
Piano・・・島 健
Drums・・・村上"ポンタ"秀一
Saxphone・・・小池修, 近藤和彦, 吉永寿, 竹野昌邦
Trumpet・・・荒木敏男, 西村浩司, 河東伸夫
Trombone・・・村田陽一, 広原正典, 山城純子
Percuccion・・・海沼正利
Chorus・・・前田康美, 清水美恵
この夜の主役はいったい誰だったんだろうと、それを考えていた。
夷撫悶汰に扮した桑田なのか、それとも、ステージの上に存在した、夷撫悶汰そのものだったのか・・・。
桑田が、ジャズ・ボーカルに挑戦する。観る前に伝わってきたのは、そんなことだった。しかし、ビートルズを出発点に、ロックで育った彼が、果たしてどうジャズと付き合おうとするのか、それは興味深いことだったが、ロックの先輩格のこの音楽に敬意を表するあまり、普段のしなやかさが失われてしまうなら、それは御免だと、実はそんな心配もした。
でも、実際に彼とステージを共にしたのは、殆どが付き合いのある連中だった。
つまり桑田の音楽環境の、そのキャパシティの広さが示されたのだ。
ミュージシャンは皆、誇らしげ。そして桑田自身の中に、前々からこれらの音楽が充分しみ込んでいたことが、やがて判明した。
彼のボーカルは、時に奔放で、時に流麗だった。とはいえ、サザンのボーカリストが、いきなり「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を歌い始めては、客席も戸惑うことだろう。そこで彼は、夷撫悶汰という、まったく別のパーソナリティに扮してみたのだ。
狂言回し的にステージを盛り上げたSETの小倉久寛と絡んで、適宜ギャグなども加え、客席を飽きさせず、そしてそのことにより、自分にまとわりつく先入観を払拭し、ステージの上でリラックスしようとした。
夷撫悶汰は、うだつのあがらぬヨレヨレのアル中の歌手、という設定だ。
彼は栄光から転落し、今は場末の馴染みのジャズ・クラブで酔いにまかせて歌っている。でも、普段は屍のような男だが、輝く瞬間がある。
それは、マイクを握り、歌っている時である。主人公をこの状況に追い込むことで、桑田は音楽の素晴らしさを、ダイレクトに伝えようとした。
それが、いかに生きる支えになるのかを、身をもって客席に示した。
そして見事、成功した。次々と歌われた曲は、たとえジャズを知らなくても、どこかで耳にしたことがある「スタンダード曲」ばかりだった。
誕生以来、無数のシンガーに歌われ、数えきれない共感を得てきた、そんな歌ばかりだった。
そて、もうお分かりだろう。この夜の主役は、もちろんこれらの歌達だった。
「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」や「ドリーム」や「プリテンド」の中にある、普段のメッセージ・・・。
それがこの夜の主役だった。
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